前の人のノート
10月から、ある人の代わりに暮らすアルバイトをしています。前の人が残したノートには、自分では分からないはずのことまで書いてあります。
- 続報
- 人怖
- 違和感
- 仕事
- 家族
- ご近所
- 心霊なし

この記録は『深夜の留守番、時給1,800円』の続報です。先に読むと、より分かります。

管理人 くろこ
朝はパンを半分。残りは夜、窓際で食べる。
くしゃみのあとは、かならず『ごめん』と言う。
向かいの7-301の野口さんには、会釈だけ。声は出さない。
歩くとき、右の肩が少し下がる。
眠るときは左を向いて、右手を頬の下に入れる。
寝言で、ときどき『まだ』と言う。
左の膝の裏に、小さなほくろがある。
母からの電話は、日曜の夜9時。『変わりない』と言えば、それで終わる。
9月20日 求人を見つけて、母に電話した。母は『最後までちゃんと勤めなさい』と言った。
9月30日 最後の勤務。朝になっても、帰らない。
このノートは、あの子の字をまねて、母のわたしが書きました。
10月1日から、駅の北のアパートの2階で、ある人として暮らすアルバイトをしている。夜は、前の人と同じように、よその家の2階の窓際に座る。前の人は遠くへ越した、と聞いた。
面接で言われた。お母様は目を悪くされていて、娘さんが遠くへ行ったと知ったら弱ってしまう。月に一度、娘さんとして顔を見せてあげてほしい。ご本人の了解は取ってあります、と、ノートを一冊渡された。前の人の字だという。
おかしな仕事だと思った。前の人と一度話したいと言うと、もう電話はつながらないと言われた。部屋には、前の人の服も歯ブラシも、そのまま残っていた。それでも、返済の日が迫っていた。
10月の最初の日曜日、お母さんが来た。玄関でわたしの顔を両手ではさみ、しばらく黙って見てから、『変わりないね』と言って泣いた。帰りぎわ、『ノート、ちゃんと読んでね』と言われた。
10月から、ある人の代わりに暮らすアルバイトをしています。前の人が残したノートには、自分では分からないはずのことまで書いてあります。
›ヒント1
ノートの中から、本人には分からないはずのことを探してください。眠っているときのことを、どうして知っているのでしょう。
›ヒント2
眠っている顔や、膝の裏のほくろを、いちばん長く見てきたのは誰でしょう。9月20日の電話で、その人は何と言いましたか。
›解説を読む(ネタバレ)
ひとことで言うと
前の人のノートを書いたのは、前の人の母親だった。
そう言える理由
- 1
「寝言で、ときどき『まだ』と言う。」
→ 本人には書けない。眠る顔をそばで見てきた人の字。
- 2
「母は『最後までちゃんと勤めなさい』と言った。」
→ 求人を見た娘を、最後の勤務へ送り出したのは母だった。
- 3
「しばらく黙って見てから、『変わりないね』と言って泣いた」
→ 目が悪いのではない。別人と分かったうえで、娘として迎えた。
記録室の追記
11月、ノートの後ろに、新しいページが足されていました。
字は、今の人の字に似せてあります。
›もっと詳しく
ノートは前の人が書いたものではなく、母親が娘の字をまねて書いたものだった。寝言もほくろも知っていて、求人を見た娘に『最後までちゃんと勤めなさい』と言ったのも、母親だ。母親は、娘がいなくなると知っていて、代わりの娘を迎えている。
ノートには、本人には分からないはずのことが並んでいます。眠るときの手の位置、寝言、膝の裏のほくろ。向かいの団地の窓からは見えないことばかりです。窓の外から測っていた人たちとは別に、もっと近くで、ずっと見てきた人がいました。
前の人は求人を見つけた日、母に電話をしています。母は『最後までちゃんと勤めなさい』と答え、娘は9月30日の朝、あの家に残りました。目を悪くしたお母さんは、しばらく顔を見てから泣きました。泣いたのは、別人だと分かったからか、うまくいったからか。どちらにしても、母は最初から知っていました。

管理人 くろこ
毎晩21時に、記録が3件増えます。
次の記録まで(No.032〜034・3件)
--:--:--
見逃さないように、ホーム画面に追加する
iPhone(Safari)
下の共有ボタン(□に↑)→「ホーム画面に追加」
Android(Chrome)
右上の︙ →「ホーム画面に追加」
パソコン
Ctrl+D(Macは⌘+D)でブックマーク
