ドアノブのメモ
となりの部屋のおばあさんが、ドアノブにかけていったメモです。わたしの体のことを、わたしより先に知っています。
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管理人 くろこ
202号室の奥さんへ
8月17日 となりの201の瀬尾です。お顔の色がわるいので、おかゆを作りました。お鍋は、ドアの前に出しておいてください
8月20日 お鍋、きれいに洗ってありました。中身は、ゴミ置き場の袋の中にありました。いいのよ。ご主人でしょう
8月24日 ゆうべも2時すぎに、お宅のお台所の明かりがついていました。お台所の窓は、廊下からよく見えるのよ
8月27日 奥さん、昼間はずっと横になっているのね。足首が、ずいぶんむくんでいたわ
8月31日 もう、おかゆは置きません。そのかわり、口に入れるものは、ご自分でこしらえてね
9月3日 夕方、ご主人とお話ししました。やさしい方ね。奥さんのぐあいを、毎日ノートにつけていらっしゃるそうね
9月7日 森下さんから、メモをやめるように言われました。やめません
9月10日 指先が、ふるえてきたでしょう。ボタンがとめにくくなるのは、そのあとよ
9月14日 病院で、胃腸と言われたでしょう。うちの主人も、そう言われました
9月21日 お返事、読みました。疑われるのには、なれています
9月24日 ゆうべ、奥さんの紅茶のお砂糖のびんが、もう空でしたね。うちのを足しておきました。ご主人は、お砂糖を召し上がらないものね。
六月に、夫とふたりでメゾン柊の202号室に越してきた。夫の職場に近く、家賃も前より下がった。鍵を渡すとき、管理会社の森下さんは「お隣の瀬尾さんは、少し変わった方なので」と笑った。
七月の終わりから、吐き気と手足のしびれが続いている。病院へは夫が付き添ってくれて、胃腸が弱っていると言われた。朝の紅茶だけは、なんとか飲める。夜中の台所の明かりのことを聞くと、夫は、ひと晩も起きていないと言った。わたしも近ごろは、朝まで一度も目がさめない。
瀬尾さんのメモは八月から始まった。夫は「あの人の作ったものは、口にしないほうがいい」と言った。森下さんには、やめてもらうよう頼んだ。わたしも一度、メモの裏に返事を書いた。メモは、全部とってある。
となりの部屋のおばあさんが、ドアノブにかけていったメモです。わたしの体のことを、わたしより先に知っています。
›ヒント1
瀬尾さんのメモを読むと、夜中の台所にいるのは夫のように思えます。夫は、夜中は一度も起きていないと言っています。
›ヒント2
8月31日から、奥さんは口に入れるものを自分でこしらえています。それでも、具合はよくなっていません。
›解説を読む(ネタバレ)
ひとことで言うと
夜中の台所にいたのは隣人。毒は奥さんの砂糖に。
そう言える理由
- 1
「口に入れるものは、ご自分でこしらえてね」
→ 夫を疑わせ、毒をまぜた砂糖だけを使わせるための一言。
- 2
「うちの主人も、そう言われました」
→ 瀬尾さんは、同じやり方で自分の夫を見送っている。
- 3
「ご主人は、お砂糖を召し上がらないものね」
→ 奥さんだけが口にするものを選んで、まぜていた。
記録室の追記
瀬尾さんは、前の住人のころから、202号室の合鍵を森下さんに預けられていたそうです。
奥さんは、このメモを夫に見せました。夫は、しばらく夜中に起きていることにしたそうです。
›もっと詳しく
毎晩2時に202号室の台所にいたのは、夫ではなく瀬尾さんだった。瀬尾さんは、奥さんだけが使う紅茶の砂糖に、自分の夫のときと同じものをまぜていた。メモは夫を疑わせ、奥さんに自分の砂糖だけを使わせるためのものだった。
入口は、知りすぎているとなりの人です。そして読み進めるほど、メモは夫をさします。おかゆを捨てたのはご主人、夜中の2時に台所にいるのもご主人、口に入れるものはご自分で。夫が何かを入れている、と読めます。
けれど夫は、夜中に一度も起きていません。明かりをつけていたのは、合鍵で入っていた瀬尾さんでした。メモで夫を疑わせ、奥さんが自分でいれる紅茶の砂糖にだけ、まぜる。先の症状まで言い当てられたのは、自分の夫で一度見ているからです。

管理人 くろこ
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