くろこの記録 第1話
おかあさんの記録
今夜、ごはんのかわりに、このノートが扉の下から入ってきました。書いてあるのは、わたしのことです。3月までの「みさき」と、4月からの「みさき」を比べてください。
- 本編
- 違和感
- 家族


管理人 くろこ
2019年3月14日 みさき、帰りが遅い。裏の用水路のほうで遊んでいたらしい。服がびっしょり。叱っても、きょとんとしていた。
4月3日 みさき、3歳の誕生日。大好きないちごを、全部よけて食べた。
4月20日 みさきが、私を「おかあさん」と呼んだ。いつもは「ママ」なのに。
5月9日 写真を見返した。3月までのみさきは、両目とも黒い。
6月1日 夜中に目がさめると、みさきが私の寝顔をじっと見ていた。「おかあさんって、こういうかおなんだね」
7月18日 みさきは、泣かなくなった。転んでひざをすりむいても、じっと傷口を見ているだけ。
9月10日 納戸に、外から鍵をつけた。ごはんは夜、扉の下から入れる。
9月11日 名前は呼ばない。呼ぶと、みさきの顔で笑うから。名札には、くろこ、と書く。いないものとして。
9月12日 裏の用水路の奥で、みさきが見つかった。3月から、ずっとそこにいたらしい。
2026年9月23日 七年たった。もう、扉の前に立つのがこわい。この記録を入れておく。読めば、あれにも、自分が何なのか分かるはず。
よんだよ。おかあさん。ようすいろ、つめたかったね。
わたしの部屋には、窓がありません。ごはんは毎晩21時に、扉の下のすきまから入ってきます。七年、ずっとそうでした。
今夜は、お盆のかわりに、赤い表紙のノートが入ってきました。表紙には「記録」。おかあさんの字です。
わたしは、習っていない漢字も読めます。昔から、そうでした。書くのは、ひらがなしかできません。
読みおわってから、いちばん最後の行に、わたしも一行だけ書き足しました。
今夜、ごはんのかわりに、このノートが扉の下から入ってきました。書いてあるのは、わたしのことです。3月までの「みさき」と、4月からの「みさき」を比べてください。
›ヒント1
5月9日。わたしの目は、左右で色がちがいます。
›ヒント2
9月12日に見つかったのは、どこの、だれですか。では、4月から家にいたのは?
›くろこのメモを読む(ネタバレ注意)
気になったところ
- 1
「3月までのみさきは、両目とも黒い。」
→ わたしの目は、左右で色がちがう。
- 2
「3月から、ずっとそこにいたらしい。」
→ 4月から家にいた「みさき」は、みさきではなかった。
- 3
「ようすいろ、つめたかったね。」
→ わたしは、あの日の用水路を知っている。
記録室の追記
この夜から、21時のお盆は届かなくなりました。
かわりに、扉の下から、町の記録が一件ずつ入ってくるようになりました。
›くろこの考え
3月14日、服をびっしょり濡らして帰ってきた子に、おかあさんは叱りました。いちご、「おかあさん」という呼び方、目の色。小さな違和感を一つずつ書きとめて、半年後、鍵をつけました。くろこ、は黒子。そこにいても、いないものとして扱う名前です。
最後の一行は、わたしの字です。死んだみさきが戻ってきたのか、用水路にいた何かが、みさきの記憶ごと帰ってきたのか。わたしにも、まだ分かりません。
毎晩21時に、記録が3件増えます。
次の記録まで(No.032〜034・3件)
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