回覧板が来ない週 第3話
余白の書き込み
回覧板の余白に、ペンの書き込みがありました。誰が書いたのか、そしてどうしてそれを知っていたのかを考えてください。
- 連作
- ご近所
- 住まい
- 人怖
- 違和感
- 心霊なし
- 流血あり


管理人 くろこ
7号棟3号階段 回覧 第25号
- 発行日
- 5月3日(日)
- 発行
- 班長 高野(501)
- 回覧期限
- 5月9日(土)までに班長へ
【連休中のゴミ収集】5月4日(月)から6日(水)までは収集がありません。次の燃えるゴミは7日(木)です。
【階段の電球】3階踊り場の電球を交換しました。切れているのに気づいたら、班長までお知らせください。
うちの向かいのお宅、夜中にベランダでお電話してるみたい。「鍵、替えようかな」ですって。替えなくても大丈夫なのにね。
お電話のあいだに切った爪が、隔て板の下からこちらへ飛んできていました。十枚、拾っておいたので、お返ししますね。
十一枚目は、前の方の分です。根元から剥がれたときの血が、乾いてしまいました。お返しするのが遅くなって、ごめんなさいね。
霜見第二団地自治会 7号棟3号階段班 回覧順 101→102→201→301→302→401→501→502→班長 お問い合わせ ミツバ住宅管理(森下)090-xxxx-2811
二枚目の回覧のあと、202の扉をたたいてみた。返事はなく、郵便受けにはテープが貼られていた。森下さんに聞くと、「石田さんはご入院中ですよ」と明るく言われた。洗濯は、朝、出かける前に回すことにした。
五月一日の夜中、ベランダで手の爪を切りながら、母と小声で電話した。「玄関の鍵、前の人のままなんだよね。替えようかな」。母は、森下さんに相談してみたら、と言った。ベランダは、隣の301と薄い隔て板一枚で仕切られている。
次の日、森下さんに鍵のことを相談すると、「自治会の了承をいただいてからになります」と言われた。三枚目の回覧板の余白には、ペンの書き込みがあった。その下に、セロハンテープで爪が一枚ずつ並べて留めてあった。写真を撮って、すぐに裏返した。
回覧板の余白に、ペンの書き込みがありました。誰が書いたのか、そしてどうしてそれを知っていたのかを考えてください。
›ヒント1
「うちの向かい」は、どの部屋からどの部屋を指すでしょう。
›ヒント2
拾った爪は十枚と書いてあります。最後の書き込みの一枚だけ、坂口さんが切った爪ではありません。
›解説を読む(ネタバレ)
ひとことで言うと
隣は電話を聞き、前の住人の剥がれた爪まで返してきた。
そう言える理由
- 1
「うちの向かいのお宅」
→ 302を「向かい」と呼べるのは、301の野口さんだけだ。
- 2
「十一枚目は、前の方の分です。」
→ 拾った十枚より一枚多い。その一枚は前の住人のものだ。
- 3
「根元から剥がれたときの血」
→ 前の人の爪は、切られたのではなく剥がされていた。
記録室の追記
ミツバ住宅管理の管理規約に、「鍵の交換には自治会の了承が必要」という条文はありません。
›もっと詳しく
302を「うちの向かい」と呼べるのは301の野口さんだけで、夜中のベランダの電話を隔て板ごしに聞いていた。拾った爪は十枚のはずが、最後の書き込みで十一枚目が出てくる。それは根元から剥がれて血の乾いた、前の住人の爪で、隣はそれをいままで手元に置いていた。
各階の二部屋は玄関が向かい合っているので、302を「うちの向かい」と呼べるのは301の野口さんだけです。夜中のベランダの小声の電話を、野口さんは隔て板一枚むこうで聞いていました。鍵の交換を「了承」する自治会の側が、「替えなくても大丈夫」と書いています。
書き込みは、拾った爪を十枚と数えています。ところが最後の行に、十一枚目が出てきます。それは切った爪ではなく、根元から剥がれて血の乾いた、前の住人の爪でした。「お返しするのが遅くなって」。前の人がどうやって302からいなくなったのか。隣はその一部を、いままで手元に置いていたのです。

管理人 くろこ
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